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汲古選書75 東洋思想と日本  新刊

汲古選書75 東洋思想と日本

◎幕末の造語「東洋思想」――その形成過程をたどり現代社会への有効性を説く

著者 谷中 信一
ジャンル 中国思想・哲学
中国思想・哲学 > 総記・論集
シリーズ 汲古選書
出版年月日 2017/02/15
ISBN 9784762950759
判型・ページ数 4-6
定価 本体3,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき

序章 東洋の伝統思想に学ぶ意義
(一)文明の本質
(二)変わるものとしての「テクノロジーとシステム」
(三)変わらぬものは「心と体」
(四)人は進化したか

第一章 身体観――養生術・武術・ヨーガ――
(一)中国古代の養生思想に見る身体論 
(二)日本における養生論――貝原益軒『養生訓』において――
(三)日本の伝統武術にみる身体論   
(四)中国生まれの太極拳
(五)インド生まれのヨーガ

第二章 学問教育観――儒教の現代的意義――
(一)明治の近代化と儒教       
(二)「儒教文化圏」という概念
(三)儒教文化と資本主義       
(四)儒教と教育
(五)儒教と労働倫理         
(六)儒教の世俗主義
(七)近世江戸期における儒教の役割  
(八)近代学校教育における儒教

第三章 自然観――自然と人間の関わり――
(一)日本人と自然の関わり      
(二)「天」に対する思い
(三)「気」の思想
(四)自然との一体感
(五)天罰の思想           
(六)風水の思想
(七)東洋へのまなざし        
(八)新しい自然観構築のために

第四章 欲望観(1)――東洋思想における伝統的欲望論と現代――
(一)「欲望」の一般的定義      
(二)人と欲望
(三)老荘思想に見る欲望観      
(四)現代的視点から「欲望」を見る

第五章 欲望観(その2)――仏教において――
(一)仏教とは
(二)その人間観    
(三)その欲望観
(四)「戒律」
(五)小乗から大乗へ
(六)密教    
(七)密教経典『理趣経』に見る欲望観の大転換
(八)空海の真言密教

第六章 死生観――宗教と思想の狭間で――
(一)死んだらどうなるか
(二)人生は旅――歳月の流れの中で、人は生まれ死んでいく――
(三)加藤咄堂著『死生観 史的諸相と武士道の立場』から
(四)岸本英夫著『ガンとたたかった十年間 死を見つめる心』から
(五)死後の肉体――「九相図」から――
(六)武士道において

第七章 幸福観(1)
(一)幸福の諸相           
(二)古典が教える幸福
(三)現代日本社会が指し示す幸福
(四)仏教国ブータンが掲げる『国民総幸福度』(GNH)という発想

第八章 幸福観(2)――東洋の幸福指南書・洪自誠著『菜根譚』より――
(一)『菜根譚』に見る幸福の条件

第九章 日本人の伝統倫理観と武士道
(一)武士道の起源          
(二)「恥」「恩」、そして「世間」
(三)「世間」とは一体何か      
(四)「恥」の倫理
(五)武士道的倫理観         
(六)武士の組織論
(七)グローバリズムと日本の伝統倫理観
(八)結びに代えて――「他人に迷惑をかけなければ何をしてもよい」という風潮

終章 東洋思想の行方
(一)東洋とは何か          
(二)東西思想を比較する視点
(三)東洋思想と日本         
(四)東洋思想の価値

注/参考文献/あとがき/索引

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内容説明

【まえがきより】(抜粋)

東洋思想というと何かとてつもなく古めかしいもの、堅苦しいもの、ややもすれば時代遅れのものと受けとめられがちである。しかし東洋思想とは、それを一言で言うならば、われわれの先人たちが長い歴史の中で培ってきた主に心や体についての深い洞察の産物と言うことができる。周知のように東洋では西洋に遅れて近代化が始まった。それは東洋が西洋に劣っていたからというよりは、それまでの東洋がとりわけ関心を寄せてきたのが心と体のメカニズムについてであり、西洋のように自然や社会を人間の都合に合わせ変革するためのテクノロジーとシステムに対する関心が弱かったに過ぎない。つまり、東洋が重視したのは、人を取り巻く社会環境や自然環境の変革よりも、それらに取り囲まれて生きる人そのものの心と体の解明だったのだ。しかも人の心も体もテクノロジーやシステムのように目まぐるしく変化することはない。今も昔も、人は人である。そこに東洋の知恵があり、それ故にこそ今、東洋の知恵を学ぶ理由がある。本書ではこうした観点に立って、いわゆる東洋の伝統思想のうちのいくつかを取り上げて紹介していく。専門的な話は極力避けて、平明な表現に勉めたつもりである。

世界は、グローバル化時代と言われて久しい。そしてグローバル化の進行に合わせて、「文明の衝突」ということが言われている。たしかに二一世紀の今、世界はあちらこちらで深刻な衝突が起きている。このような時代に、われわれに最も求められているのは、確固たる自己像の確立と、それを基礎にした他者(異文化)理解である。その意味で、先ず自らに問わなければならないのは「われわれは一体何者か?」「われわれが伝統的に保持してきた価値観・世界観・倫理観は一体どのようなものであったのか?」という問いであり、必要なのはそれに答え得る確かな教養である。東洋思想にはそうした要請に十分応え得る内実がある。世界がグローバル化するにつれて混迷を深めていく現代を生き抜くためには、今こそ永い年月をかけて営々として築き上げてきた珠玉のような東洋の知恵を身に付けることが求められている。

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