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「古典中國」における文學と儒教

「古典中國」における文學と儒教

◎中国文学史上における六朝文学の位置を儒教との関わりの中で明らかにする

著者 渡邉 義浩
ジャンル 東洋史(アジア)
東洋史(アジア) > 魏晋隋唐
中国古典(文学)
中国古典(文学) > 漢魏六朝
中国思想・哲学
中国思想・哲学 > 魏晋隋唐
出版年月日 2015/04/27
ISBN 9784762965463
判型・ページ数 A5・344ページ
定価 本体8,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

【主要目次】

序 章 「古典中国」における「文学」の展開

第一章 揚雄の「劇秦美新」と賦の正統化〔国家を宣揚する「文学」・詩人の賦・王莽の正統性〕

第二章 班固の賦作と「雅・頌」〔「典引」と封禅・「両都賦」と洛陽遷都・「雅・頌」の創作・表現の効用と『春秋左氏伝』

第三章 曹操の「文学」宣揚〔鴻都門学と蔡邕の批判・詩言志・建安文学の終焉〕

第四章 曹丕の『典論』と政治規範〔文章不朽論と「一家の言」・徐幹の『中論』と曹操の正統化・『典論』の全体像・文化的諸価値の収斂〕

第五章 曹植における「文学」の自覚〔辯道論と釈疑論・表現のための仮構・辞賦は小道・立言の伝統〕

第六章 阮籍の『荘子』理解と表現〔「達荘論」の『荘子』理解・万物斉同と「大人先生伝」・時空を翔ける表現〕

第七章 嵆康の革命否定と権力〔交友と絶交・革命と儒教の否定・嵆康の死の表現〕

第八章 陸機の「文賦」と「文学」の自立〔賦と玄学・言志から縁情へ・美刺から衆理へ〕

第九章 葛洪の「文学」論と「道」への指向〔志の表現・嵆康の養生論と神仙・隠逸の著作〕

第十章 「文学」の儒教への回帰〔『文心雕龍』における美と経書・『文選』における「文」の範疇・「古典中国」の「文」への回帰

終 章 中国文学史上における六朝文学の位置

附 章 蔡琰の悲劇と曹操の匈奴政策〔悲劇の生涯・胡笳十八拍の真偽・曹操の匈奴政策〕

 文献表/あとがき

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内容説明

「「古典中国」とは、著者の提唱した用語概念であり、「儒教国家」の国制として後漢で成立した理想的国家モデルを言う。白虎観会議により定められた中国の古典的国制と、それを正統化する儒教の経義により構成される。「古典中国」の概念は、のちの中国に継承され、その時代時代によって新たなる展開を遂げた。」


【序章】より(抜粋)

なぜ、中国では、科挙という官僚登用制度において「文学」を重視したのであろうか。「文学」に人を統治することを可能にする人間性が表現されているのであろうか。「文学」を基準として、本格的に官僚を登用しようと試みた者は、曹魏の基礎を築いた曹操である。曹操は、郷挙里選を批判するなかで、郷挙里選の根底、そして三国時代の知識人である「名士」の根底にも置かれていた儒教に対抗する新たな文化的価値として「文学」を宣揚し、建安文学を興隆させた(本書第三章)。かかる新しい発想は、曹操個人の資質のみに依拠しない。曹操が活躍した後漢末は、後漢「儒教国家」の衰退を期に、「古典中国」が新たな展開を始める変革の時代の幕開けであった。

 「古典中国」とは、「儒教国家」の国制として、後漢の章帝期に白虎観会議により定められた中国の古典的国制と、それを正統化する儒教の経義により構成される。のちの中国に継承される理想的国家モデルである「古典中国」の形成に大きな役割を果たした王莽の新は、わずか十五年で滅びた。それにも拘らず、新を滅ぼした後漢は、王莽の国制を基本的には継承し、それを儒教の経義と漢の国制とに擦り合わせ続ける。その結果、後漢で成立した「古典中国」は、儒教の経義より導き出された統治制度・世界観・支配の正統性を持つに至るのである。こうした「古典中国」が新たな展開を見せようとする変革期において、「文学」は「古典中国」にどのような位置づけを得ることにより、科挙の主要な試験科目となるに至ったのであろうか。

 また、中国における「文学」が、科挙の試験基準となるような人間性の表現を本質とし、また、時の国家と強い関わりを持つ政治性を帯びるものであるならば、今日的な意味における文学表現は、第一義に置かれるものではなかったのであろうか。表現された「文」そのものに美しさを求め、あるいは、いかに書くのかという表現技法を磨き、さらには、抒情や思想を表現していく、という今日的な意味での文学意識に基づく表現活動は、国家や儒教との関わりの中で、どのように展開されたのであろうか。本書は、こうした問題関心に基づき、「古典中国」における「文学」のあり方を儒教との関わりの中で探求していくことを目的とする。

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