ホーム > 和刻本漢籍随筆集 第二集(普及版)輟畊録・資暇録希通録・羣碎録

和刻本漢籍随筆集 第二集(普及版)輟畊録・資暇録希通録・羣碎録

内容説明

輟畊録 三〇巻 明陶宗儀 承應元年(1652)中野是誰覆?刊本 大一六冊

著者自らの見聞に基き、元代の王室一族、法律制度より政治經濟、爭亂、世情人心、宗教相卜、詩文書畫その他上下朝野の實状を記したもの。從って、從來、元史の専攻家は固より、「院本名目」(巻二十五)・「雜劇曲名」(巻二十七)の如き、戲曲研究家も珍重していた文獻である。四庫子部小説家類収入。提要に俚俗戲謔閭里鄙穢の事を雜入すれど、元代朝野の舊事實の、本書によって存するを得ることは、史學に益あるものと評したのは當っているといえよう。著者陶宗儀、字は九成、黄巖の人。少くして仕えず、晩に教官となったが、本志ではなかったという。古書の鈔録を集めて説郛を編修し、明末に出版されたが、別に原本と稱するものが傳わり、民國になって鉛印された。その外、古刻叢鈔・書史會要・南邨詩集・滄浪櫂歌等の著作が傳わる。明史文苑傳一(巻二八五)に略傳がある。

資暇録 書簏蟫雋本 唐李匡乂 元祿一一年(1698)刊 大一冊

 

「隴西李濟翁」と題するが、匡乂の「匡」字は宋の太祖の諱に當るため、宋版では字の濟翁を以て名に代えたものという。四庫雜家類雜考屬に三巻本を収入。四庫本は江蘇巡撫採進本であるが、資暇集と題する。資暇集三巻本は、顧氏文房小説・格致叢書・學海類編・墨海金壺・續知不足齋叢書・藝圃捜奇に収められ、資暇録と題する一巻本は説郛・唐宋叢書・續百川學海に収められる。今、この本を顧氏文房本と比較すれば、彼の阮咸・藥忌の二條がこの本にない。提要に、匡乂の始末は未詳、唐末の人で、李勉の從孫、晋の翰林學士李翰の族という。書簏蟫雋とは、元禄十一年博古堂刊本、一色東溪が説郛中から資暇録・希通録、續説郛中から羣碎録を選編したもの。

希通録 書簏蟫雋本 宋蕭參 元祿一一年(1698)刊 大一冊

 

四庫未収。説郛・續百川學海・稗乘収入。著者の傳は正史になく、未詳。

羣碎録 書簏蟫雋本 明陳繼儒 元祿一一年(1698)刊 大一冊

 

四庫雜家類存目著録。寶顔堂祕笈・説郛續・廣百川學海・五朝小説・學海類編収入。著者、字は仲醇、號は眉公。江蘇松江華亭の人。終身仕えず、故に、傳は明史隱逸傳(巻二九八)にある。崇禎十四年(一六四一)沒、享年八十二。著書は非常に多く、眉公十種蔵書・笈雋に収録されているものが多い。校する所の書は枚擧に勝へず、陳眉公祕笈に収められている外、戲曲など、單行のものも少くない。

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