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孫文とアジア太平洋 孫中山記念会研究叢書Ⅶ

―ネイションを越えて

孫文とアジア太平洋

21世紀の今、多民族国家体制を構想していた孫文の政治的・文化的遺産を検証する

著者 日本孫文研究会
ジャンル 東洋史(アジア)
東洋史(アジア) > 近現代
出版年月日 2017/11/24
ISBN 9784762966019
判型・ページ数 A5・398ページ
定価 9,350円(本体8,500円+税)
在庫 在庫あり
 

目次

挨拶(齋藤富雄)
祝辞(井戸敏三・井上典之)


一、 基調講演


民国元年における孫文の北上と清朝皇室との交流
           ――皇族の帰属に関する選択をめぐって (桑 兵)

孫文以後の大アジア主義――民国期中国における日本認識をめぐって (村田雄二郎)

    
二、 第一分科会 制度と公共圏――共和のデザイン


孫文「専門家政治」論と開発志向国としての現代中国国家の起源 (潘光哲)

孫文とガンディー
    ――両者の政治的提言が一致点を見いだせなかったのはなぜか (モニカ・デ・トーニ)

永租と登記――重畳する制度 (田口宏二朗)

「五五憲草」解釈から見る五権憲法――雷震と薩孟武の所論をめぐって (森川裕貫)


三、 第二分科会 孫文思想を継ぐ者


蔣介石『革命哲学』における孫文と王陽明の思想の関係性 (戚学民)

「主憂臣辱、主辱臣死」――蔣介石が描いた孫文(1917-1925) (羅 敏)
    
現代台湾史における蔣介石『民生主義育楽両篇補述』(1953年) (若松大祐)

王道思想、孫文と国際秩序の想像 (安井伸介)


四、 第三分科会 ボーダーを越えて


孫文と世界観を有する南洋知識人との交流と連動 (黄賢強(WONG Sin Kiong))

孫文と積極的かつ進取性に富んだオーストラリア華商
            ――南太平洋国民党の創設 (郭美芬(Mei-fen Kuo))

民国初年の対日ボイコットにおける東南アジア華僑と孫文 (吉澤誠一郎)

孫文の民生思想とキリスト教者の相互関係 (劉 雯)


五、 第四分科会 参加と動員――いかに革命を組織するか


中華革命党時期における党員の意見対立と派閥抗争 (王奇生)

軍閥時代における民主政をめぐる議論
         ――1920年代広東省の政治改革からみる孫文と陳炯明 (ジョシュア・ヒル)
    
中華民国期の広東人労働者におけるナショナリズムの一考察
              ――E・ゲルナーとの対話を通じて (衛藤安奈)
      
辛亥革命前の何天炯と日本 (劉 静)


六、 総合討論の記録

総合討論1
総合討論2

閉会の辞
あとがき
編集後記
付録1 シンポジウム・プログラム
付録2 実行委員会組織
付録3 助成団体一覧
執筆者・討論者プロフィール
索引


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内容説明

【本書より】(抜粋)

孫中山記念会研究叢書Ⅶをここにお届けする。孫文研究会が編集した『孫文と華僑』、『孫文と南方熊楠』に次ぐ3冊目の孫文生誕を記念する国際シンポジウム論文集である。前2冊は「華僑」「南方熊楠」というキーワードを通じて孫文の思想と行動における重要な一側面をクローズアップした。生誕150周年に当たる今回は「アジア太平洋」を切り口として、孫文の政治的・文化的遺産が21世紀の私たちに今もなおどれだけ持続的な影響をもたらしているかを検証しようとした点に特徴がある。

基調講演の内容を一瞥して頂ければ明らかなように、孫文は革命の対象とした満洲族やその支配層をも新生共和国の一員とする多民族国家体制を構想していた。そして、日本で提唱されたアジア主義を中国の伝統的な王道主義によって修正した東アジアの国際秩序構想をその生涯の最後に示したのである。共和と帝国、革命と立憲、権力と正義などの相反する諸価値のあいだでバランスを取りながら、ネイションという近代の秩序原理を越えようとする孫文の志向は一貫していたと考えて良い。本国際学術シンポジウム論文集の副題を「ネイションを越えて」とした所以である。

孫文の思想が19-20世紀におけるアジア太平洋の新しい価値を創造したと言うとき、その新しい価値は、個々の教義とか具体的な実践の体系に現れているというよりは、孫文の行動や思索が展開してゆく運動の過程、あるいはそれらの発展の形式のなかにこそ見ることができる。共和と帝国というテーマに戻るなら、彼の提唱になる満洲族を内包する政治体制は、エスニシティーの衝突を梁啓超が1902年に「中華民族」と名付けることになる政治的共同体を構築することで解消しようとする、19世紀半ば以来の清朝行政改革の流れを受け継ぐものであった。また、覇道と指弾される権力政治を、儒教を中心とする伝統思想の正義論によって超克する秩序構想も、張灝が中国史の「転型期」と呼ぶ1895-1925年の思想潮流と緊密に連携した理念に他ならなかった。孫文の独創とは、だから、無から有を生じたものではなく、この「転型期」に生まれた新しい価値をはっきりと目に見える形に表現したところにある。

孫文の思想が優れて独創的であるということが、その個々の教義や具体的な実践の体系の優位から帰結されるものではなく、近代中国の「転典期」に生まれた思想潮流の直接的な表現にすぎないなら、その遺産の継承もまた、この「転典期」の価値が照射する光と影の両面を見据えてなされる必要があろう。例えば「専門家政治」という観点を導入するならば、孫文の遺産が中国大陸と台湾の政治体制の相違を超えて20世紀後半の中国政治に圧倒的な影響力を発揮したことを見て取るのは容易である。しかしながら、蔣介石がその『革命の哲学』において孫文の「知行合一」学説や陽明学の思想を継承したありさまは、近代日本における陽明学の継承と発展のみならず、1949年以後の中国大陸に現れた陽明学をめぐる言説とも大きく異なっていることもまた一方の事実なのである。孫文の「五権憲法」という構想を継承した台湾における憲政運動の歴史は、確かに彼の遺産の継承という側面において大きな足跡を残した。けれども、この運動が今後、中国大陸の憲政運動とどのような関係を取り結ぶかについては、議論の分かれるところであろう。本国際シンポジウム論文集が、孫文の遺産に関して、その批判的な検討を促すきっかけになることができれば幸いである。(緒形 康)

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