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汲古叢書117 大唐六典の唐令研究

―「開元七年令」説の検討―

汲古叢書117 大唐六典の唐令研究

◎『大唐六典』所載の唐令が「開元二五年令」であることを史料を示し明らかにする。唐令研究者必読の一冊

著者 中村裕一
ジャンル 東洋史(アジア)
東洋史(アジア) > 魏晋隋唐
日本史
日本史 > 古代
シリーズ 汲古叢書
出版年月日 2014/06/10
ISBN 9784762960161
判型・ページ数 A5・424ページ
定価 本体11,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序 節 『大唐六典』唐令の「開元七年令」説
一 『大唐六典』の撰進時期
〔撰進に関する従来の説/『大唐六典』の註記/仙州の廃止/明州の設置/左右龍武軍〕
二 『大唐六典』唐令の「開元七年令」説
〔浅井虎夫氏の見解/中田薫氏の見解/仁井田陞氏の見解/内藤乾吉氏の見解/『唐令拾遺補』
の見解/「開元七年令」説への疑問〕
三 『大唐六典』唐令の「開元二五年令」の可能性
〔貢挙制度/鴻臚寺の記載/宗正寺の記載/尚書司封/「斉太公」に関する「祠令」/寒食休暇
四日/千秋節休暇/少府監丞の定員と官品/中書主事の定員と官品〕
第一節 『大唐六典』の開元一〇年以降の記事
一 本節の意図
二 献祖と懿祖〔廟号/献祖と廟号/懿祖の創始/献祖・懿祖の間違い記事/献祖と懿祖に対する舞〕
三 太原府〔太原府の成立/太原府判司となる要件〕
四 州府の医学博士(医博士)
〔州医博士の設置/『大唐六典』の州医博士/『天聖令』所載の唐「医疾令」の州医博士/『天
聖令』所載の唐令は「開元二五年令」〕
  五 太史局〔『通典』の太史局/『大唐六典』の太史局〕
六 州名の変更とその年代
〔開元一三年の州名変更/開元一三年の邠州/開元一三年の莫州/開元一三年の褒州/開元一
 三年の巫州/開元一三年の鶴州/『旧唐書』の「改泉為福」/開元一三年以降の閩州/開元
 一八年の薊州の開設/開元一八年の雲州の設置/洮州の開設時期/汀州の開設/開元二六年
 の仙州の廃止〕 
  七 州県の等級〔州の等級/県の種類/京県/三輔と四輔/六雄州と一〇望州/辺州/要州〕
  八 五大都督府〔五大都督府/并州大都督府/幽州大都督府/潞州大都督府〕
  九 八節度使
一〇 軍の成立年代
〔大同軍/雲州守捉/静塞軍/横海軍/高陽軍/唐興軍/恒陽軍/北平軍/大斗軍/安人軍/
振武軍/昆明軍〕
一一 国忌日の散斎実施州
一二 「九廟之子孫」
一三 陵廟の奉仕戸
一四 尚書司封〔尚書司封/宗正卿職条の「司封」〕
一五 中書門下の詳覆〔死罪の中書門下詳覆/進士合格者の中書門下詳覆〕
第二節 官府と官員の削減
一 本節の意図
二 官府の削減〔殿中省の場合/鴻臚寺の場合〕
三 開元二三年の殿中省官員の削減〔尚乗奉御/尚乗局直長/尚乗局奉乗/尚乗局司庫/尚輦局掌輦〕四 開元二三年の太常寺官員の削減〔太祝/奉礼郎/太楽令/太楽丞/鼓吹令/鼓吹丞/廩犧丞〕
五 開元二三年の官員削減〔光禄寺太官署監膳/少府監丞/少府監主簿/弘文館校書郎〕
六 開元二六年の秘書省官員の削減〔著作佐郎/著作局校書郎/著作局正字/秘書省校書郎〕
七 崇文館讐校の官名変更
八 開元二五年の定員
第三節 官員の増員と増品
一 本節の意図
二 少府監官員の官品変更〔中尚署令/左尚署令/右尚署令〕
三 太公廟署「令丞」の官品〔太公廟署「令丞」の官品/太公廟署「令丞」の増品〕
四 武庫署「令丞」の増品
五 開元二四年の主事の増品
〔吏部主事の増品/兵部主事の増品/門下主事の増品/中書主事の増品/尚書都省主事・考功主
事・礼部主事の増品〕
六 開元二五年九月の官品
〔秘書省の官品/尚書吏部の官品/尚書兵部の官品/門下省の官品/中書省の官品〕
第四節 太常寺太廟署と宗正寺
一 太廟署〔太廟署の廃止/太廟の斎郎・斎郎の宗正寺移管〕
二 宗正寺の所管官府と官員〔宗正寺崇玄署/宗正寺諸陵廟署/宗正寺丞/宗正寺主簿〕
第五節 「斉太公」の釈奠に関する「祠令」
一 「斉太公」
〔「斉太公」/両京斉太公廟署/『大唐開元礼』の「斉太公」/太公廟の音楽/「斉太公」の釈
奠に関する「祠令」の年代〕
二 「祭祀の供物」記事の年代
〔「祭祀の供物」規定/『大唐六典』所載の「祭祀の供物」/「祭祀の供物」記事の年代/「監
察御史職」記事の年代〕
第六節 『大唐六典』唐令の年代
一 「旧令」について
〔門下省条の「旧令」/中書省条の「旧令」/国子監条の「旧令」(1)・(2)〕
二 吏部郎中職条の「假寧令」
〔吏部郎中職条の「假寧令」/敦煌文献の「假寧令」/『大平御覧』の「假寧令」/天聖「假寧
令」/千秋節創設の年代/寒食清明休暇「四日」の年代〕
三 考功郎中員外郎職条の「考課令」
四 礼部尚書侍郎職条の「考課令」〔明経試に関する「考課令」/進士試に関する「考課令」〕
五 礼部郎中員外郎職条の「儀制令」
〔門戟に関する「儀制令」/北都留守の起居に関する「儀制令」/山陵巡拝に関する「儀制令」〕
六 祠部郎中員外郎職条の「祠令」
〔祭祀の大小に関する「祠令」/汾陰の后土を祭る「祠令」/「孔宣父」釈奠に関する「祠令」/青城県丈人山の祭祀に関する「祠令」/先代帝王に関する「祠令」・七太子廟に関する「祠令」
家廟数に関する「祠令」/初献・亜献・終献に関する「祠令」/本項のまとめ〕
七 兵部郎中職条の「軍防令」
〔大将出征に関する「軍防令」/『唐令拾遺補』の大将出征に関する「軍防令」〕
第七節 『大唐六典』唐令と『天聖令』所載の唐令
一 本節の意図
二 『大唐六典』の「田令」と『天聖令』の唐「田令」
   〔在京諸司公廨田/在外諸司公廨田/京官文武職事官職分田/在外諸司職分田/官人永業田/
『大唐六典』「田令」の年代〕
三 『大唐六典』の賜物に関する「倉庫令」と『天聖令』の唐「倉庫令」
   〔「賜物十段」に関する「倉庫令」/「雑綵十段」に関する「倉庫令」/「錦綵十段」に関する
「倉庫令」/時服支給に関する「倉庫令」/『大唐六典』「倉庫令」の年代〕
第八節 『大唐六典』の記事と唐令
一 司封郎中員外郎職条の「封爵令」
〔名山と大川の爵名/親王・嗣王・郡王・郡公・国公/無嫡子の爵の継承順位/司封郎中員外
郎職と唐令〕
二 礼部尚書・侍郎職条所載の唐令
   〔正経に九あり(「学令」)/明経の貢試(「考課令」)/進士科の貢試(「考課令」)/明法の貢
    試(「考課令」)/明書の貢試(「考課令」)/明算の貢試(「考課令」)〕
三 鴻臚卿職条所載の「葬送令」〔皇帝・皇太子の発哀/大臣を詔葬する〕
四 鴻臚寺司儀署所載の「葬送令」
〔皇帝・皇太后・皇后・皇太子の挙哀/皇帝・皇太子の喪服/少牢/理を以て職を去る者が薨卒
 した場合の服/重(假りのたまよせ)/銘旌/轜車/引・披・鐸・翣/方相と魌頭/纛(旗矛)
 /五品已上の深衣等々/石棺と石室の禁止/営墓夫を給す/理を以て職を去る者の葬儀/百官
葬儀の官供申告次第〕
五 「三府督護州県官吏」所載の唐令
   〔都督・刺史の職務に関する「戸令」/孝子・順孫らに関する「賦役令」/貢挙人に関する「選
挙令」/州の等級による歳貢人数に関する「選挙令」/州県の「孔宣父」釈奠に関する「祠令」
/州県の春秋二社の祭祀に関する「祠令」/薬草収採に関する「医疾令」/官民が利を争うこ
とを禁止する「雑令」/「駅」字印に関する「廐牧令」/山川藪沢の利に関する「雑令」/異
宝・異木に関する「雑令」/郷飲酒に関する「儀制令」〕
第九節 『大唐六典』唐令の「開元七年令」説批判
一 「大都護府副都護の官品」に対する批判
   〔大都護府副都護/「開元二五年令」の副大都護/大都護府副都護の官品/黄門侍郎と中書侍郎
の官品/大理正等々の官品/太常丞の官品/京県令(赤県令)/大都護府副都護=従三品の解
釈/四種類の「官品表」/天宝以降の副大都護/本項のまとめ〕
二 「沙苑監」に対する批判
〔沙苑監/沙苑監の廃止記事/沙苑監廃止の註記/沙苑監廃止・開元二三年説/敦煌文献・伯二
五〇四と沙苑監/『旧唐書』の「官品一覧」と沙苑監/開元二五年の制度を述べる『大唐六典』
/沙苑監の存続を伝える史料/「沙苑監直官」の記事/杜甫の「沙苑行」/本項のまとめ〕
三 「舟檝署」に対する批判
   〔『大唐六典』に記載する舟檝署/開元二五年の制度を述べる『大唐六典』/諸文献の舟檝署/
将作監の記事/『新唐書』百官志の舟檝署/点校本『唐六典』の舟檝署/舟檝署の開元二六年
廃止説/『旧唐書』「官品一覧」の舟檝署/『通典』「官品一覧」の舟檝署令/本項のまとめ〕
  四 「唐令の篇目」に対する批判〔唐令の篇目/唐令の篇目の解釈〕
五 本節のまとめ
本書のまとめ

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内容説明

【本書のまとめ】より(抜粋)

従来、『大唐六典』所載の唐令は「開元七年令」とされてきた。それは『唐令拾遺』が「開元七年令」と断定したことによる。「開元七年令」説が提出されたのは一九三〇年代のことであり、爾来、この説に異議異論を唱えた者はない。私もこの通説を信じた一人で、二〇一一年六月に『中国古代の年中行事』(汲古書院)全四冊を校了にするまで、『大唐六典』唐令=「開元七年令」説には重大な誤りがあるとは思い及ばなかった。『中国古代の年中行事』を書くにあたっては、年中行事と関連が深い「祠令」にも関心をもちい、『大唐六典』巻四尚書礼部・祠部郎中員外郎職の条に記載される唐代の「祠令」と、その関係史料に注意をはらった。祠部郎中員外郎職の条には「斉太公」に関する「祠令」がある。「斉太公」の祭祀は開元一九年(七三一)から開始されたと、『旧唐書』をはじめとする唐代史書は明記する。果たしてそうであれば、「斉太公」に関する「祠令」は、開元七年「祠令」には存在しないことになる。

『大唐六典』の細字の註記に記載される開元二〇年代の改訂官品(増品官品と降品官品)が、『大唐六典』本文の官品と『通典』巻四〇職官典の開元二五年官品と、極めてよく一致する事実を見いだした。

開元二〇年代に改訂された官品であるから、この改訂された官品は開元七年官品ではなく、この官品は、開元二五年官品であろうと考えるに至った。さらに改訂官品だけが開元二五年官品ではなく、『大唐六典』の本文に記載される官品すべては、開元二五年官品と考えるに至った。官品だけ開元二五年「官品令」に依り、『大唐六典』の他の「令」は「開元七年令」であるはずがない。官品に加えて定員を検討した。

これも『通典』職官典に記載する開元二五年の定員と一致する。それも開元七年以降の改訂された定員とである。改訂定員は開元七年の定員ではなく、これが『通典』職官典に記載する開元二五年の定員と一致するから、『大唐六典』の本文に記載する定員は、開元二五年「職員令」ということになる。「官品令」と「職員令」だけが「開元二五年令」で、他の「令」が「開元七年令」というのも、実に奇妙である。

『大唐六典』の細字註記に「旧令」という語が四回出てくる。例えば、『大唐六典』巻八門下省・主事に「四人、従八品下」とあり、註記に「旧令」の語がみえる。「晋置門下主事、歴宋斉、品第八。梁陳名為門下主事令史。北斉門下主事令史八人、従第八品上。隋初、諸臺省並置主事令史。煬帝三年、直曰主事。旧令、従九品上。開元二十四年勅、加入八品。」門下省の主事は「旧令」では従九品上の官品であったが、開元二四年の勅書によって一階進められて従八品下となった。開元二四年以前の「官品令」を「旧令」というのであるから、「旧令」は開元七年「官品令」を指すことになる。これによって『大唐六典』は「開元七年令」を述べた書ではないことは明らかで、『大唐六典』の唐令は「開元二五年令」なのである。「開元七年令」説は大いる誤解から派生した虚構の産物であり、到底成立しない説である。

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