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大東急記念文庫善本叢刊中古中世篇 (14)伝記・願文・語学等

大東急記念文庫善本叢刊中古中世篇 (14)伝記・願文・語学等
 

内容説明

唐大和上東征伝(とうだいわじようとうせいでん)  重要文化財  院政期写  一帖               解題:月本雅幸

奈良時代の文人として著名な淡海三船(722~785)の撰。唐から本邦に苦難の末に渡り、戒律を伝えた僧鑑真(688~763)の伝記を漢文体で記したもの。日本に渡る鑑真とそれを迎える弟子達の苦難を活写することで有名。宝亀十年(779)に成立。大東急本は、書写奥書はないが12世紀後半の書写になると見られ、本書の最古写本の一つ。高山寺旧蔵。

続本朝往生伝(ぞくほんちようおうじようでん)  重要文化財  鎌倉初期写  一帖              解題:月本雅幸

大江匡房(1041~1111)撰。42名の往生者の伝をまとめ、往生者の生涯と往生の諸相を世に示したもの。康和年間(1099~1104)の成立。紙背のほぼ全体に亘り文書があるが(影印収録)、その中に建久六年(1195)六月十四日付の文書があり、本書の書写の時期はこれからさほど下らない、鎌倉初期と見られる。『続本朝往生伝』は比較的古写本が残されており、その中でも大東急本は、本文の系統は異なりながら、宮内庁書陵部蔵本(鎌倉初期写)と並んで最古のものである。

陽勝仙人伝(ようしようせんにんでん)  院政期写  一巻                         解題:月本雅幸

撰者未詳。延喜(901~923)頃の天台僧陽勝の伝記。その伝は『今昔物語集』『本朝法華験記』にあるが、本書は陽勝の単行の伝記である。高山寺旧蔵。『陽勝仙人伝』は伝本に乏しく、旧彰考館本(戦災焼失)もこの高山寺本(大東急本)の転写本である可能性が高いことから、本写本は現存最古の伝本と見られ、貴重である。

本朝神仙伝(ほんちようしんせんでん)  南北朝期写  一帖              解題:奥田 勲(聖心女子大学名誉教授)

大江匡房(1041~1111)の編になるもので、本朝すなわち日本において奇瑞を現し、神仙として永遠の生命を得たとされる37人の事跡と伝記を集録したもの。目録に「一倭武命」より「三十七沙門日蔵」まで掲げるも、「廿六美濃国河辺人」の次を「廿八出羽国石窟仙」と番号を誤る。「三十七愛宕護僧」の途中まで。数丁分欠。

覚法法親王逆修供養願文(かくほうほつしんのうぎやくしゆくようがんもん)  康治二年(1143)写  一巻   解題:山本真吾(白百合女子大学教授)

仁和寺御室覚法法親王(1091~1153)が53歳の老齢となり、自ら死後の三七日の仏事を営むに際して製作した願文。文体上の特徴は冒頭・末尾の形式に端的に現れ、冒頭は平安後期、末尾は平安初期貞観以降のそれを踏襲する。文体基調は漢文体の駢儷文で、対句の連続による美文。真言宗仁和寺関係の仏教儀礼文の文体史を考察する上で有益な資料となる。

騎獅文殊菩薩像胎内納入文書(きしもんじゆぼさつぞうたいないのうにゆうもんじよ)  重要文化財 文永十年(1273)・弘安八年(1285)

三巻(のうち、本巻には㈠「造像願文」および㈢「夢想記・心経・真言・名号等」の二巻を収録)     解題:山本真吾

仏師康円の手に成る木造騎獅文殊菩薩像五軀の中尊像内より発見された納入文書。興福寺旧蔵。㈠は興福寺僧経玄、㈢は大安寺僧玄空他著。当時の文殊信仰や造像の実態を窺う重要資料であるとともに、文字・表記に注目すると、漢字専用文に限らず平仮名・片仮名も交え用いられており、当時の儀礼文における表記体の多様性を知るうえでも貴重である。

円観僧正灌頂文(えんかんそうじようかんじようもん)

文保二年(1318)写  一巻                解題:山本真吾

内容は台密の印可状すなわち印信の原本で、文保二年に恵鎮=円観が養俊に伝法灌頂を授けた際のもの。円観は後伏見・花園・後醍醐・光厳・光明天皇に戒を授け「五国大師」の異名をもつ南北朝期を代表する僧。印信の様式史のみならず仏教史学にも有用な資料となる。

高野山勧発信心集(こうやさんかんほつしんじんしゆう)  

永正十三年(1516)写  一冊               解題:月本雅幸

信堅(1259~1322)撰。冒頭に目録があり、十五項目に分けて、高野山の起源、結構、興隆等について「御手印縁起」「性霊集」等の諸書を引用しながら述べた、高野山の概略の解説。鎌倉時代に高野山がどのように認識されていたかを要領よくまとめたもの。信堅は高野山大楽院の学僧。

秘蔵宝鑰抄(ひぞうほうやくしよう)  

院政期写  一巻                   解題:月本雅幸

『秘蔵宝鑰』は三巻、弘法大師空海(774~835)の撰。人の心のあり方を10段階として示した『秘密漫荼羅十住心論』の抄略本が『秘蔵宝鑰』で、この『秘蔵宝鑰抄』はこれに対する注釈である。三巻。紀伝道の学者で文章博士も務めた藤原敦光(1063~1144)の撰になる。大東急本は巻子本一巻、前後を欠き、巻上の中間部である。書写とほぼ同時期の朱点と墨点(二種)があり、前者でヲコト点に古紀伝点が使用されていることは、本書の訓点が漢籍訓読の世界と深く関係していることを示し、注目される。漢字本文の『論語』や『律』にも加点がなされており、訓点資料としても当時のそれらの訓読を知ることができる点において、貴重である。

光明真言土沙勧信記(こうみようしんごんどしやかんじんき) 並(ならびに)別記(べつき) 

重要文化財 安貞二年(1228)写 二巻          解題:奥田 勲

明恵房高弁(1173~1232)の著作。自筆。本書は明恵の信奉し実践していた、光明真言によって加持された土砂の効能を人々に勧めるために著されたもの。その自筆稿本の上巻と別記が本文庫に蔵される(本影印)。明恵の根本伝記『高山寺明恵上人行状』により著述の経緯及び日時が明らかになるが、本編は上下二巻あったことになり、現存本は下巻を欠くことになる。高山寺旧蔵。別記の紙背文書「嘉禄三年具注暦」も併せて収録。

十無盡院毎月講私記(じゆうむじんいんまいげつこうしき)  

弘長元年(1261)写  一巻               解題:奥田 勲

著者未詳。明耀写。高山寺の子院のひとつ十無尽院において定例として毎月行われた法会の次第。十無尽院は明恵が、建永元年(1206)後鳥羽院から神護寺内の栂尾別所を賜った時、そこを十無尽院と名づけたことに始まる。このころ明恵は華厳宗に深くかかわり、以後十無尽院が華厳宗修学の拠点になった。そのような伝統を有する十無尽院において華厳経の講釈が毎月行われるようになり、そのために制定された講式であろう。

反音作法(はんおんさほう)  

平安末期写  一帖          解題:肥爪周二(東京大学大学院准教授)

著者の明覚(1056~?)は天台宗の僧で、『悉曇大底(抵)』『梵字形音義』『悉曇要訣』など、悉曇学関係の著作で知られる。『反音作法』は寛治七年(1093)成立、五十音図を利用して、仮名のレベルで漢字音(実質的には漢音に限定される)の反切を行う方法を詳細に解説したもの。伝本としては、成立の二年後の嘉保二年(1095)に明覚自筆本から写したとされる神尾本(関東大震災で焼失したが写真が残る)が尊重され、これに次ぐ平安末期の写本として、大東急本と東寺観智院金剛蔵本が知られる。三者の間には若干の相違がある。

秘宗隠語集(ひしゆういんごしゆう)  

鎌倉初期写  一帖                 解題:月本雅幸

栄西(1141~1215)撰。密教の教義について問答体で解説したもの。その内容や説明の表現から栄西の撰述を疑う見方もあったが、近年名古屋大須の真福寺から原型本(未再治本)が発見・公開されたことにより、本書が栄西の撰になることが確定的とされるに至った。つまり治承五年(1181)に撰述された未再治本を二度目の渡宋の間、紹熙元年(1190)に改訂(再治)したものがこの大東急本(再治本)であるということになる。本文中には朱や墨で多くの校異が記され、本書が転写本であることは明らかだが、書写並びに墨点の記入は1200年前後であり、再治からさほど隔たらないものと見られる。

伊呂葉字平它(いろはじひようた)  

明応十年(1501)写  一冊              解題:肥爪周二

漢詩を作るときなどに、漢字の平仄(平它)を簡便に検索するための辞書。室町初期成立と推定される。先行の『平他字類抄』を更に簡便な形に抄出・改編したもの。厳密な意味で異本と呼べるものは存在しないが、同趣の編纂物として『色葉集』(無窮会蔵、天正十六年写)、『色葉字平它』(龍門文庫蔵、室町末期写)、『伊露葩字』(祐徳稲荷神社中川文庫蔵、室町末期写)、『色葉文字』(所在不明、室町末期頃写)等が知られる。

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