
目次
序 (任継愈)
訳注凡例
第一篇 漢魏晋南北朝時代の道教
第一章 道教の胎動と誕生
一、概 説
二、初期道教の主な淵源とその誕生の社会的背景
三、『太平経』と『周易参同契』
四、太平道と五斗米道
第二章 魏晋交替期における道教の伝播と拡散
一、魏晋の天師道の北方への伝播
二、魏晋の天師道の西南巴蜀への伝播
三、魏晋の江南における民間道教の伝播
四、魏晋交替期における神仙方士の活動
第三章 葛洪と魏晋における丹鼎派
一、葛洪の家系及び魏晋の丹鼎派の伝承
二、「仙は学んで致すべし」という仙道思想
三、丹鼎派の仙道方術
四、葛洪の仙道理論の矛盾
五、丹鼎派の錬丹活動とその化学的内容
六、葛洪の丹道理論の歴史的地位
第四章 東晋と南朝における道教の変革と発展
一、東晋における道教の復興
二、新たな道教経典の制作とその広がり
三、陸修静と南朝における道教の改革
四、陶弘景と茅山上清派の形成
第五章 北朝における道教の発展
一、寇謙之と北魏の新天師道
二、楼観道と南北朝の新道教の融合
第二篇 隋唐時代の道教
第六章 隋唐時代の「重玄」哲学
一、「重玄」の道
二、道性と法身
三、観行と坐忘の道
第七章 唐代の道教と政治
一、唐初における道教崇拝の政治的原因
二、玄宗の崇道活動
三、唐後期の崇道活動
第八章 唐代の道教の経戒伝授
一、概 論
ニ、三洞経戒の伝授次第
三、その他の経戒伝授
第九章 唐代の道教の法籙伝授
一、概 説
二、正一盟威法籙
三、洞神三皇部法籙
四、高玄部法籙と昇玄部法籙
五、霊宝部法籙
六、上清部法籙
第十章 唐代の道教における外丹
一、魏晋以降の外丹術の発展
二、唐代における丹道理論の繁栄
三、唐代における外丹諸流派の隆盛
四、外丹の実践の発展
五、社会への影響と歴史的命運
第十一章 唐宋交替期における神仙思想の展開
一、五代宋初の道士の属性の変化
二、道教における神仙思想の変遷
三、金丹思想の内丹説への転換
四、神仙思想の展開による後世の道教への影響
第三篇 宋元時代の道教
第十二章 宋朝と道教
一、真宗による道教崇拝
二、徽宗による道教崇拝
三、理宗と道教
第十三章 両宋における内丹道
一、両宋における内丹術の伝承
二、張伯端の道禅合一思想
三、張伯端の後学と金丹派南宗
四、南宗以外の内丹の流派について
五、両宋における内丹思想の影響
第十四章 金元時代における全真道
一、全真道の登場と隆盛
二、三教合一と仏道論争
三、教義と教団制度
四、教義と教団制度における僧侶主義的要素
五、宗教倫理について
第十五章 宋元時代における符籙派
一、旧来の符籙派の興隆、衰退と改革
二、新道派における符籙と内丹の融合
三、儒道融合の典型――浄明道
第四篇 明清時代の道教
第十六章 明王朝と道教
一、朱元璋の宗教政策と道教への態度
二、明代の皇帝たちの道教信仰
三、明代の道教の神々と信仰
四、明代の道教の状況
五、明代の道教崇拝の社会への影響
六、結 論
第十七章 明清時代の道教の二大宗派
一、明代における正一道の隆盛と腐敗
二、張宇初と趙宜真の道教思想
三、清代における正一道の衰退
四、明代の全真道
五、清代における全真道の中興
六、明清時代の内丹諸家の思想
七、民間における明清時代の道教
第五篇 明清時代の民間宗教と道教
第十八章 黄天教と道教
一、黄天教の成立と伝承
二、道教の黄天教に対する影響
三、黄天教とその他の民間宗教
四、黄天教の教義における二つの傾向
第十九章 紅陽教と道教
一、紅陽教の成立と発展
二、紅陽教と道教
三、紅陽教の宝巻と道教経典
むすび――近代と現在の道教――
附録 中国道教史年表
あとがき
訳者あとがき
道教主要人物・道派索引
編著者・翻訳者紹介
内容説明
【「序」より】(抜粋)
中国における三大宗教(儒教、仏教、道教)は、中国伝統文化の三つの大きな支柱である。学術界の儒教経典に対する研究は多いが、仏教経典に対する研究はそれに比べると少なく、道教経典に対する研究は更に少ない。こうした状況をもたらした原因は非常に多く、その来歴についても幾久しいものがある。
封建時代の儒教の学者たちは、仏道二教の典籍の価値は高くないと考えていた。だが、中華民族の伝統的文化の総体から見て、仏道二教は儒家の伝統文化と同じく重要なものであり、中華民族の文化生活、家庭生活、社会生活、そして、政治生活に同じく影響を与えている。仏教や道教の影響は、その影響力から言っても儒家の経史を中心とした四部分類の中に収まるものではないだろう。三教は相互に融合しつつ、唐宋以来、中国の一千年以上にわたる文化の総体を構成してきた。中国仏教を研究することなしに中国の文化や歴史を理解できないことは、もはや既に学術界の人々の認めるところとなりつつある。だが、道教研究については仏教ほど重視されていないように見える。しかし、事実として、道教典籍の中から掘り起こされ、提供される内容は非常に豊富であり、その重要性は決して仏教に引けを取らないばかりか、更に重要なものを含んでいることは明らかである。







