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台湾拓殖株式会社研究序説  新刊

―国策会社の興亡―

台湾拓殖株式会社研究序説

日本統治期国策会社=台拓研究の基本的、示唆的論文6編を翻訳収録する!

著者 森田 明 編訳
朝元 照雄 編訳
ジャンル 東洋史(アジア)
東洋史(アジア) > 台湾
出版年月日 2017/10/27
ISBN 9784762965951
判型・ページ数 A5・264ページ
定価 本体7,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序 章 導論:台湾拓殖株式会社研究の回顧と展望………………………… 林 玉茹
 国策会社・台拓の重要性
 台拓研究の起因と成果
 本書収録論文の重要性
 台拓研究の新方向

第1章 台湾拓殖株式会社の設立過程…………………………………………梁 華璜
 熱帯産業調査会会議の目的
 台拓と熱帯産業
 台拓の資本背景
 台拓の使命

第2章 台湾拓殖株式会社珈案とその史料価値………………………………王 世慶
 台湾拓殖株式会社の設立
 台拓の組織と事業
 台拓文書珈案の取扱と保存方法
 台拓珈案の引継と整理経過
 台拓珈案の史料価値と研究利用

第3章 台湾拓殖株式会社の土地投資と経営―総督府出資の社有地を中心に― ………王 世慶
 総督府の台拓に対する土地投資
 社有地の経営管理
 社有地の土地収入における台拓営利上の重要性
 光復後の社有土地の接管

第4章 戦時台湾拓殖株式会社広東支店におけるタングステン鉱石の収購活動(1939~1943年)……朱 徳蘭
 タングステン鉱石の用途およびその密貿易の情況
 台拓交易のタングステン鉱石の波瀾曲折
 台拓の鉱石購買工員の失踪事件
 台拓のタングステン鉱石収購の宣伝広告

第5章 台湾拓殖株式会社における海南島事業の研究…………………………鍾 淑敏
 組織の仕組みと開発計画
 台拓の海南島での事業経営概要
 台拓の海南島の発展と局限

第6章 台湾拓殖株式会社の政商ネットワーク関係(1936~1945年)………朱 徳蘭
 台拓の指導幹部と社交活動
 台拓の寄付行為および寄付対象
 国家権力による台拓への支援と支配の情況


初出論文/編訳者あとがき/著者略歴/編訳者略歴/人名索引/事項索引

コラム①名画「圓山附近」の中の歴史物語
コラム②東日本大震災と日台の絆

台湾拓殖㈱店所位置図/台湾拓殖㈱海外店所位置図

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内容説明

【序章より】(抜粋)

本書では6編の代表的な論文を収録した。
まず、梁華璜「台湾拓殖株式会社の設立過程」は前に述べたように、台湾最初の台拓研究の論文である。その観点は1970年代末の時代的雰囲気を充分に反映した、植民地史研究の特徴をもっている。
論文は主として、植民地搾取論による日本帝国主義批判の観点から、台拓の資本は台湾の農民から略奪したと指摘した。設立の動機は、華南および南洋の日本人の経済勢力の育成であり、軍事侵略の道標をつけることであった。逆に、台拓の台湾本島での拓殖は次の地位に下がり、南進(南侵)支援の手段に過ぎなかった。当時、梁氏は台拓珈案の資料利用ができなかったが、台拓の南進の役割を強調し、1990年代以降の台拓研究の主要な基調になり、島外事業の考察を重視するようになった。1990年代以降、日本統治時期の台湾史研究が次第にブームになり、王世慶の紹介によって、台拓研究の“エンジン全開”を迎え、研究成果が多くなった。
王世慶の台拓研究に関する2編の論文は大きな意義と代表性を持つようになった。氏の「台湾拓殖株式会社珈案とその史料価値」は、台拓珈案の重要性を掲示しているのみならず、台拓の設立、組織および事業、珈案処理と保存、珈案の接収について述べている。
2008年、国史館台湾文献館から出版された『台湾拓殖株式会社珈案論文集』は前に述べたように、5編の論文を一書にまとめて編集したものである。この書籍は王世慶と朱徳蘭の2編の論文を収録している。
台拓は社有地の現物出資方式で経営し、社有地はその事業を支える礎石である。王世慶の「台湾拓殖株式会社の土地投資と経営:総督府出資の社有地を中心に」は、台拓の島内事業研究の先駆けであった。
論文は台拓の社有地の経営形態、土地数量、価値、収租率、土地収入の台拓の売上高に占める比重の変化および戦後の接収状況を明らかにしている。1999年から2008年に至るまで、朱徳蘭は次々と6編の台拓関連論文を発表し、台拓の広東の事業、活動および史料の特性を論じ、台拓研究のうち成果が最も多い学者である。

本書は氏の「戦時台湾拓殖株式会社広東支店におけるタングステン鉱石の収購活動(1939~1943年)」を収録し、国策会社が軍需原料を購入し、軍側に提供した実態を明らかにした。論文では台拓は日本軍にタングステン鉱石の購入に協力したが、業績が芳しくなく、他の財閥との競争および広東支社の収益が少なく、最終的にやむをえず事業を清算した。そのために、国家の利益と会社の私利が衝突した場合、企業の利益を優先するのが台拓の経営方針であったと指摘している。
「台湾拓殖株式会社の政商ネットワーク関係(1936-1945)」は、ほかの視点を切り開いた。台拓の指導幹部の社交活動、会社の贈捐活動および日本帝国の台拓に対する支援などの方面から、人的関係(人脈)および社交活動との間の関連を考察した。
氏の論文で、台拓の中級、高級幹部は政界と商業界のエリートおよび政府の退職官僚であり、それによって、台拓に「ネットワークにネットワークを重ねた」政商ネットワークが構築されたと論じた。しかし、陸軍や海軍の命令通牒(通達数)の多少を通じて、戦時台拓が国家資源の分け前の受益程度は事実上、日本の旧財閥に及ばなかったと指摘している。
台拓の島外事業は重要な一環であった。鍾淑敏の「台湾拓殖株式会社における海南島事業の研究」は台拓の海南島事業地研究の代表作である。氏は海南島の地位、技術、資源、コストおよびその経営が日本の中央政府の干渉を受けたなどの要因によって、海南島の事業は農林業に局限されていた。しかし、台湾での経験の輸出は海南島の農業の発展効果が顕著であり、台北帝国大学(現在の台湾大学)の学術探検と試験のチャンスを提供したと主張した。

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