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御成敗式目編纂の基礎的研究  新刊

御成敗式目編纂の基礎的研究

◎北条泰時(立法者)の思想に焦点をあて、御成敗式目の編纂事業を再評価する!

著者 長又高夫
ジャンル 日本史
日本史 > 中世
出版年月日 2017/10/18
ISBN 9784762942181
判型・ページ数 A5・354ページ
定価 本体8,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

例 言

緒論―『御成敗式目』の編纂に至る経緯

第一部  法典論

第一章 『御成敗式目』編纂試論
  はじめに
一 編纂方法をめぐる研究史           
二 内容およびその形式
三 立法の目的                 
四 立法の正当化
  おわりに―『御成敗式目』編纂の歴史的意味―

第二章 『御成敗式目』の条文構成について
  はじめに
一 研究史の整理
 a 三浦周行氏の所論   
 b 佐藤進一氏の所論   
 c 河内祥輔氏の所論
二 条文内容の再検討
三 条文構成をめぐって
 a 河内説の当否    
 b 佐藤説の当否    
 c 原『御成敗式目』の条文構成
四 『御成敗式目』の編纂方法
  おわりに

第三章 『御成敗式目』成立の背景―律令法との関係を中心に―
  はじめに
一 『御成敗式目』にみる「法意」
 (1)十八条     
 (2)二十三条     
 (3)四十一条
 (4)八条      
 (5)二十四条     
 (6)二十七条
二 北条泰時書状の分析
  おわりに

附録
(書評)新田一郎著「律令・式目―「法」テクスト注釈の非「法学」的展開」
(前田雅之編『中世の学芸と古典注釈』竹林舎)

第二部 立法者の思想

第四章 北条泰時の政治構想
  はじめに
一 承久の乱の意味               
二 執事と執権との相違
三 鎌倉殿と執権との関係            
四 鎌倉幕府体制の樹立
  おわりに―泰時の目指した政治体制とは如何なるものか―

第五章 北条泰時の道理
  はじめに
一 『御成敗式目』にみる「忠」「孝」「貞」の理念
二 承久の乱と家督権の強化
三 一族結束の為のもう一つの道理
  おわりに

第六章 本所訴訟から見た北条泰時執政期の裁判構造
  はじめに
一 承久の乱後の地頭非法について        
二 泰時執政期の和与について
三 泰時執政期の審理手続きについて
 (1)訴訟の開始と訴訟要件のチェック  
 (2)弁論手続きについて
 (3)証拠の蒐集について        
 (4)判決の効力について
  おわりに

第七章 寛喜飢饉時の北条泰時の撫民政策
  はじめに
一 建仁元年の泰時の徳政   
二 泰時の出挙実施命令   
三 人身売買容認の歴史的意味
  おわりに

第八章 北条泰時の法解釈について
  はじめに
一 泰時の判例                
二 泰時の法解釈―因准と折中―
  おわりに

収録論文発表年次・収載書誌名一覧

あとがき   

索 引(鎌倉幕府法令索引・人名索引・事項索引・研究者名索引)

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内容説明

【本書より】(抜粋)

本書は立法者である泰時の思想に焦点をあてながら、御成敗式目の編纂という歴史的事業を再評価してみようという試みであった。緒論でも触れたが、泰時は、激動の時代のなかで、困難な事態に直面しながらも解決策を見出し、その苦境を乗り越えるだけではなく、一歩も二歩もより良い方向へ前進させているのである。それが可能であったのは泰時が確固たる信念をもって政治に臨んでいたからに相違ない。泰時の和歌に荀子の一節を引用したものがある様に、泰時は荀子の思想に共鳴していたと思われる。社会のゆがみを、礼と法、そして正名によりただそうとしたまさにその手法こそが荀子の思想であった。

荀子は、理想の政治に公平と中和(中庸)を求めたが、それはすなわち、為政者の判断や行動に偏りがなく、目配りが行き届いた政治を実現することであった。

裁判実務にあたった泰時が、訴訟上の和解を積極的に促し解決を図ったのも、泰時が中庸の精神を重んじていたことの現れであろう。だが、権利を主張しあう訴訟の場合は、たとえ最終的に和解に至るケースにおいても、判断の基準となる規範の存在が求められた。和解の場合は、それを基準としながら、ケースに応じて「落としどころ」が模索されたはずだからである。当該期に御成敗式目が編纂された意味をそのように評価することも必要なのではないだろうか。

穂積陳重は『法典論』において、御成敗式目の立法を「守成策」と評価された。確かに、荘園制の秩序や従前からの幕府体制を維持せんとする立法であったことは間違いない。だが、それと同時に北条泰時は、「執権―評定衆」制度や惣領制といった新体制の構築も目論んでいたのであり、「守成策」という評価は一面的であるように思われる。伝統的な倫理観(儒教倫理)や慣行(頼朝の先例)にもとづく立法であるように装いながら、その実、泰時は新たな法理を創出したのである。

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