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茅盾小説論

―幻想と現実―

茅盾小説論

二十世紀中国が誇る文豪茅盾の全体像を、膨大な作品とその苦難と栄光に満ちた生涯に分け入り解析する

著者 是永 駿
ジャンル 中国古典(文学)
中国古典(文学) > 近現代
出版年月日 2012/01/17
ISBN 9784762929755
判型・ページ数 A5・296ページ
定価 本体6,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序にかえて―カノンのゆらぎ
Ⅰ 総  論
スタイルの中国現代小説史
小説史におけるスタイルの射程/「純文学」と「通俗白話小説」/媒体言語と文学史の時間/小説のリ
アリティー/文学史のダイナミクス
茅盾の小説言語と文学の方法
語用の多義性/小説言語/文化的コード
Ⅱ 作 品 論
『動揺』論
作品の読みについて/作家意識―「稗官」と「史詩」/『動揺』―混沌と悪の世界
『虹』論
『虹』の成立と「史実」/『虹』の文体と写実性〔モデル小説としての『虹』・フィクションとしての『虹』・
『虹』の文体〕/『虹』が問いかけるもの―作家の実存
茅盾文学における幻想と現実―三〇年代初期を中心に―
三〇年代初期の作品/その文体/幻想と現実
『水藻行』論
作品の成り立ち/作品世界―開放性と民族性
『腐蝕』の文体と構造
趙恵明の意識と心理描写/文体と作品構造
『霜葉紅似二月花』続稿の世界―解かれた封印
「続稿」の成り立ちと版本の異同/本編から「続稿」への展開―解かれた封印/整合性と変容―新たなロマンへ/「霜葉」と「にせ左派」
茅盾作品中における『走上崗位』の位置
『走上崗位』と『鍛錬』/何夢英の形象について/『走上崗位』の位置
Ⅲ 或る「事実」
茅盾文学の光と影―秦徳君手記の波紋―
秦徳君という女性/「手記」に描かれた茅盾/「手記」の波紋/実生活と作品との間
回想の茅盾―秦徳君探訪録―
Ⅳ 作品の改作
『子夜』校勘記   『蝕』の改作
Ⅴ 補  論
茅盾の自然主義受容と文学研究会
解題・あとがき―茅盾研究をめぐって・索引

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内容説明

【本書より】(抜粋)

『子夜』,『霜葉紅似二月花』などの作品で知られる作家茅盾(18961981年)は二十世紀中国を代表する作家のひとりであり,魯迅とともに中国近代文学の形成に力を尽くした功績は文学史に特筆されるべきものである。『子夜』(1933年)は,三〇年代の上海経済界の熾烈な確執を一民族資本家呉孫甫の野望とその挫折とに追った長篇である。茅盾の長篇小説は,社会の各階層を包括的に視野に収めた壮大な「史詩(叙事詩)」として書かれ,『子夜』はそのすぐれた社会性によって中国近代リアリズム小説の金字塔と目されてきた。

『霜葉紅似二月花』(1942年)は,民国初期の江南の小都市を舞台に大小七家族の有為転変を物語る大作である。『子夜』をしのぐ構想のもとに執筆されたが,第十四章で擱筆,「未完の大作」と呼ばれてきた。ところが,三十余年を経た1974年,文化大革命中に茅盾は続編の執筆にとりかかり,梗概,大綱,初稿の一部を執筆していたことが96年に公表された「続稿」によって明らかとなった。その強靭な作家精神は晩年になっても衰えていなかったのである。しかし,没後まもなく茅盾に対する評価は揺らぎはじめる。中国革命史に収斂されるものとして編まれてきた現代文学史の類いの中では,『子夜』は中国社会の革命の展望を予言的に描きこんだ長篇小説として傑作の名をほしいままにしてきた。いわばカノン(正典)の位置を与えられてきたわけである。その評価に対して,作品の社会環境を客観的な観察をもとに解き明かすそのリアリズムは,半封建半植民地という状況下での民族資本家の挫折というアプリオリな観念を図式化して描いただけのものではないのか,人間の内在的な主体性を抑制した非個性的なスタイルの見本ではないのかなどの異義申し立てがなされ,茅盾文学そのものをどう読むのかをめぐって論争が交わされてきた。

私は茅盾の小説作品に親しみ,研究の対象としてきた。茅盾の作品がみごとなまでに「非私小説」的世界であることに興味を抱いたのがきっかけである。私が自らの文学観を育んできた現代日本の文学状況は,フランス,ロシア,英米文学を外国文学の主流としてとりこみ,アジアの現代文学をほとんど視野に入れないという西洋志向が一方にあり,もう一方には,その克服が言いふるされてなお根強い潮流として私小説的文学風土が息づいていた。研究対象とした茅盾の作品世界はみごとなまでに「非私小説」的であり,中国現代小説史において,その壮大な長篇を構想する散文精神の強さはきわだっている。その作品群と向かい合ううちに,茅盾が物語を仕組む遠近法がしだいに視野に立ち上がり,中国文学におけるエピックというものの輪郭がおぼろげながら見えてくる。それは私小説的文学風土からはまったく異質なものに見える点で清々しくさえあった。私にとって茅盾はこの私の実存に見えた地点からはじまるのであるが,はたしてそれが,中国文学史の滔滔たる小説史の中にあって,かの国の文学的想像力の磁場の中心に位置して作品を書いてきた茅盾の世界を,的確にとらえているのか。茅盾そのものの像を,普遍性をもったものとして結んでいるのか。

それは,茅盾について何か論述するたびに影のようにつきまとう問いである。本書におさめた論考がその問いにすこしでも答えていることを願うばかりである。

本書は二十世紀中国が誇る文豪茅盾の全体像としての作家論,それは彼の厖大な作品群とその苦難と栄光に満ちた生涯のあらゆるディテールに分け入り,徹底した解析をほどこすことを通して浮かび上がるものとしてあるが,その全体像へのアプローチの一矢として,おそらくその核心的部分を占めるであろう作品論に焦点をあててまとめたものである。

(24.10.10更新)茅盾小説論正誤表

 

 

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