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日本漢文学の射程

――その方法、達成と可能性

日本漢文学の射程

◎独自の文体・思想体系を形成させてきた日本漢文学――日中国際ワークショップの研究成果なる!

著者 王 小林
町 泉寿郎
ジャンル 日本漢学
出版年月日 2019/07/25
ISBN 9784762936432
判型・ページ数 A5・364ページ
定価 9,350円(本体8,500円+税)
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき


Ⅰ 日本漢文―文献研究とその方法


「聖徳」の転落――日本における緯書の享受と変容 (王小林)

ヤマタノオロチと九尾のキツネ――日中古代神話研究序説 (牧角悦子)

現代日本の中国思想古典学における漢文訓読法の位置
              ――文言資料読解の現場から (市來津由彦)


Ⅱ 近代教育と漢学・儒教


安井息軒「辨妄」に見える忠孝観念の性格
          ――井上毅「教育勅語」との共通点に注目して (青山大介)

日本の中等学校における儒学文化――校訓・校歌表象から (江藤茂博)

戦前期台湾公学校の漢文教科書について (川邉雄大)


Ⅲ 近代漢学と思想・宗教


『荀子』の性説は『韓非子』人間観の基礎にあらず (佐藤将之)

「二つの陽明学」再論――近代日本陽明学の問題についての省察 (呉 震)

「市民宗教」と儒教――中国の現在、日本の過去と儒教復興 (キリ・パラモア)


Ⅳ 日本漢文学の可能性


祈禱する弘法大師――密教と漢文学の間にある願文 (ニコラス・モロー・ウィリアムズ)

近世東アジア外交と漢文――林羅山の外交文書を中心に (武田祐樹)

隠逸の多様なイメージ――日本幕末維新期の漢詩人と陶淵明 (マシュー・フレーリ)

漢詩と政治批評――木下彪の「国分青厓と明治大正昭和の漢詩界」 (町泉寿郎) 


著者・翻訳者紹介
編集後記

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内容説明

【まえがき より】(抜粋)

 日本漢文学は、東アジアだけでなく、世界の文明史においても極めて独特な文化現象といえる。古代東アジアにおける中国文明の圧倒的な影響の中で、いくたの民族が自らの言語の中に漢字漢文を取り込みながらその書記体系を形成させることによって文化の存続をはかっていたものの、いずれも消滅する運命をたどらざるをえなかった。それらに比べて、日本では漢文学が長きにわたって持続発展し、その中から訓読などの方法まで育まれ、現在では日本文化を特徴づけるだけでなく、その基底を構成する重要な部分ともなっている。
 では、かつて東アジアの民族や国々で一度は盛んになっていた漢字による書記文化が消滅してしまった中で、なぜ日本だけが近代まで漢文学の伝統を持続し、現在もなおその生命力を保ち続けられているのだろうか。
 この問題は、古代東アジアの複雑な歴史、国際関係及び地理的な原因に大きく関連していよう。しかし、外部環境にのみ原因を求めるだけではやはり不十分であり、何より必要なのはそれ自身の歴史に光をあて、具体的な事例に即して精査することであろう。この点、とりわけ中国文明と接触した当初から育まれていた日本人の強い主体性が重要な鍵となろう。ここにいう主体性とは、異文化に対処する時に、自らのアイデンティティを失うまいとして積極的に取捨選択する精神と姿勢を指す。日本漢文学は、まさに漢字文明を柱とする中国文化との格闘の中から生まれた主体性の強い伝統であるが故に、世界でも類を見ない、自国の文学、宗教、思想を記録する伝統として保たれてきた。
 日本漢文学を研究する重要性は、すでに多くの研究者に強調されているところである。例えば、親鸞が漢訳仏典を自由に訓読し、解釈することによって独特の思想を樹立したこと、伊藤仁斎が『論語』の原文を訓読による自由な解釈を通して、仁斎らしい日常生活肯定の思想を打ち出したことなどがそれである。このような、日本的な立場から渡来思想に新たな要素を注入し、元来の意味をあえて改変してしまう親鸞と仁斎の姿勢には、漢文によって象徴される渡来文明に対する日本人の主体性なるものが鮮明に現れている。また、明治維新が始まって間もなく、日本政府によって派遣された岩倉使節団の海外見学の詳細を記録した『米欧回覧実記』も注目された。西洋文明を吸収しようとして、訪問する先々での見聞を詳らかに記録したこの膨大な歴史資料は、ほかならぬ熟達した漢文訓読調で記されている。初めて目にする文明を、時には新しい漢語を案出しながら記録するこの文献が、漢文学の伝統が日本の近代化にとって不可欠のものだったという興味深い課題をおのずから提起している。換言すれば、明治維新を成功裡に導いた数々の原因の中で、それまで中国文明を積極的に受け入れながら、自国の文明との融合をはかり、独自の文体や思想体系を形成させてきた日本漢文学が決定的な役割を果たしたことが、その一つと言えよう。
 上記諸例は、いずれも日本漢文学の本質を考える上で示唆に富むものである。ところが、日本漢文学が過去の歴史の中で、具体的にどのような方法や思想を生みだし、どのような創造や達成を成し遂げ、さらにそれらが今後の国際交流に対してどのような発信力を持っているかについては、残念ながら従来必ずしも系統的かつ多角的に検討されなかったようである。少なくとも、これらの問題を、国際的な場において議論したことは皆無と言ってよい。
 近年になって、英語を中心とする西洋文化が主導するグローバル化が進み、本来文化の多様性に寛容であるべき我々の世界では、英語力で文化の優劣を判断するという覇権的な思想が蔓延っており、それに迎合する気風も、東アジアの大学に生まれつつある。しかし、考えてみれば、主体性の喪失は、隷従への第一歩ともいえる。さきに述べたように、日本漢文学は、強大な中国文明に対峙しながら生まれた、主体性の強い、無尽蔵の知恵を孕む文化現象である。それだけに、文化の存続とあり方を思考し、文化の多様性とは何かという問いに直面している我々にとって、その豊かな伝統をより多角的な分析を行い、その方法、達成と可能性を議論することは極めて有意義であり、また喫緊の課題でもあろう。
 このような事情を踏まえ、我々は、日本国際交流基金(JAPAN FOUNDATION)の助成を得て、香港城市大学と二松学舎大学共催の形で、日本、香港、中国、ヨーロッパ、北米の関連分野の専門家に呼びかけ、二〇一八年九月十四日から十六日まで、香港城市大学において「日本漢文学の射程―その方法、達成と可能性」というテーマを掲げた国際ワークショップを開催した。二松学舎大学は近年文部科学省によって日本漢文学の研究教育の拠点に指定されているように、この分野の研究者を数多く擁している大学であり、日本漢文学の根拠地である。また、香港城市大学は、東西の比較文化・哲学など人文学の研究が盛んに行われている研究機関である。香港城市大学という場でこのようなワークショップを開催する目的は、日本漢文学の存在、意義と価値を世界に広く発信し、当該分野への学者たちの関心を呼び寄せる狙いである。
 ……いま、編集作業を終えて、論文のタイトルから、改めて日本漢文学の範囲の広さと、あり方の豊富さを思い知らされ、各論文に示されるその多彩な方法にも印象づけられた。……ここに国際ワークショップの結実として、本書を世に送り出すが、我々は今後も、日本漢文学の「学」としての意義を探求し、世界文化史におけるその確たる地位を獲得するために、弛まぬ努力を継続していくつもりである。本書が、そのために踏み出した第一歩となることを願っている。

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