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「作家」茅盾論

――二十世紀中国小説の世界認識

「作家」茅盾論

作品を通して「作家」茅盾の精神の在り様、思想の実像に迫る意欲作

著者 白井 重範
ジャンル 中国古典(文学)
中国古典(文学) > 近現代
出版年月日 2013/07/04
ISBN 9784762965067
判型・ページ数 A5・328ページ
定価 本体8,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序 章 本書の方針
第1章 『幻滅』論 
第2章 『動揺』論 〈資料〉『漢口民国日報』鍾祥県に関する記事(一九二七年五―六月)
第3章 茅盾小説における運命認識――『動揺』論補遺
第4章 『追求』論 
第5章 茅盾と銭杏邨――革命文学論戦再考
第6章 『子夜』私論
第7章 茅盾小説の世界構造――一九三〇年代の都市・農村イメージ
第8章 「作家精神」の特質――「疎外」と「不能」男性
 あとがき/人名索引

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内容説明

【本書】より(抜粋)

茅盾(一八九六―一九八一、本名は沈徳鴻、字は雁冰)は、中国の近代長篇小説を確立したことにより「文学大師」と呼ばれ、また中国新文学(「近代文学」)の誕生直後から、理論的指導者の一人として文学の在り方を規定し、人民共和国成立後は文化部長(大臣に相当)として、一時は文化政策の最高位にあった。

本書は、彼の文学作品を読み解きながら、茅盾の「作家」としてのパーソナリティを前景化・可視化し、 茅盾文学の本質に迫ることを目的としている。

私は、茅盾を読み始めて以降、作品論を充実させる必要を感じるようになった。日本の研究においては茅盾作品の内容が詳細に検討されることが必ずしも多くなかった。そのことが、茅盾の社会・政治活動の偏重と、彼の「作家」あるいは芸術家としての面に対する軽視につながっているのではないかと思われたのである。

単に個別の作品論を書くのではなく、私は「作家」にこだわりたかった。作品を作家から独立させて読むことの必要性は理解しているつもりだが、作品を生み出す作者の対世界観・人間観により強い関心があった。これまでの多くの研究が、専ら茅盾という人物の思想遍歴や主張の変遷(それは彼の社会的政治的活動との関連で述べられる)に注目してきたこと(そのメリットももちろん多かったにせよ)の弊害を、まずは打ち破る必要がある。茅盾の小説を読んだ際のおもしろさ、作品の魅力を抽出するためにも、いささかイレギュラーな方法ながら、「作家」茅盾という主体を仮構する必要があるように思われた。そして、作品から読み取ったものを「作家」に投影していく中で、しだいに豊かになる「作家」の像を逆に作品へ投影しなおすという往還運動を繰り返すことで、新たな茅盾像が結べるのではないかと考えたのである。その結果見えてきたものは、悲観的で内に籠もりがちだった二〇年代末の茅盾が、慎重に、現実主義的に世界を把握しようとする中で、人間性の発展を阻む社会システムの力に着目し、やがてその強大な力と対峙する個人に視点を移していくという流れである。個人は常に無力であり、作家自身そうした無力な一個人にすぎない。自らは世界を変える主体になれないことを前提としつつ、変革の主体となりうる自立した個人の登場を彼は予感する。

その主体は伝説の「真命天子」などではなく、徹底的に自由な、既存の観念から解放された「新しい人間」である必要があった。「作家」として茅盾が創造した人物は、そのほとんどが「新しい人間」などではない。変革の主体にはなりえないにもかかわらず、強大な社会システムの力に挑戦しつづける。近代社会において、人間とはそういう存在であらざるをえない。そうした悲しい人間を、茅盾は否定することができずにいる。善悪を一旦離れて、人間存在そのものに寄り添う態度が、茅盾の小説には息づいている。

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