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拍案驚奇訳注 第3冊

包公の証文裁き

拍案驚奇訳注

中国白話小説の現代語訳―馬琴も小説の素材に利用した『拍案驚奇』、三冊目の刊行なる!

著者 古田敬一
ジャンル 中国古典(文学)
中国古典(文学) > 唐宋元
日本古典(文学) > 近世文学
日本古典(文学) > 近世文学 > 小説
出版年月日 2012/10/17
ISBN 9784762929915
判型・ページ数 A5・192ページ
定価 本体4,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序/凡例/訳注(原文・注・訳)/解説/ 関連地図/引用書目一覧/あとがき/語注索引

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内容説明

本書は、『拍案驚奇』巻三十三の原文に、校勘・注釈・現代語訳を施したものである。底本は広島大学所蔵尚友堂刊本『初刻拍案驚奇』三十九巻本を用いた。この巻は、かの有名な宋の包公(包龍図〔九九九~一〇六二〕)の鮮やかな名裁判官ぶりを描いた物語である。登場人物は、兄の劉天祥夫婦と弟の劉天瑞夫婦である。ある凶作の年、口減らしのため、弟夫婦が豊かな土地へ移り住むこととなった。その際、のちのちのために財産目録の証文を、それぞれが一通ずつ所持して別れた。それから半年が経ち、弟が突然亡くなってしまった。その弟の子は、父親の遺骨を故郷に埋葬するため、相続の証文を携えて帰郷した。ところがその帰郷をよろこばない伯母は、甥と認めようとはせず、証文を取り上げたうえ、甥の頭をなぐりつけた。困ったその甥は、思案の揚句、裁判所に訴え出た。そこで、この物語の主人公である「包公」が登場するのである。果して、名裁判官と謳われた包公は、人の意表を突く奇想天外な手法を採った。その手法の詳細は本文に譲るとして、包公は、いかにも包公らしい公明正大にして、しかも巧みな計略的頭脳作戦を以て、伯母の悪辣な物欲を見事にあばき出し、不義をただし、正義を認める逆転の判決を下した。ところで、日本にもこれに似た歴史上有名な人物がいる。時代劇の「大岡裁き」でおなじみの名裁判官、大岡越前守忠相(一六七七~一七五一)がその人である。いま文献的考察はさておいても、日本の越前守の説話が、中国の包公の話からの伝誦であり派生であることに今更、異論を挟む余地はないであろう。中国文学史の主流から見れば、中国近世の通俗小説は、とかく軽視されがちである。しかし、そこに使用されている用語・文法の適確な理解は、必ずしも容易ではない。それにあえて挑戦し、その成果の一部をここに提供する次第である。(序より抜粋))

包拯について

包龍図すなわち包拯(九九九~一〇六二)については、『宋史』巻三一六「包拯伝」に詳しい記述がある。包拯、字は希仁、廬州合肥の人。進士及第後、いくつかの職を授けられたものの父母の高齢を理由に辞し、両親の死後、喪が明けてからようやく天長県の知事に就く。朝廷にて剛毅であった包拯には、皇帝の親族や宦官も手が出せず、彼の名を聞く者はみな恐れおののいた。包拯が笑うことは黄河が澄むことのようだ(滅多にない)と言われ、女子供に至るまで、その名を知らぬ者はなかった、と記される。(解説より抜粋)

日本文学への影響

日本では江戸時代に裁判物が大いに流行し、『本朝桜陰比事』『本朝藤陰比事』『板倉政要』『大岡政談』など、数多くの裁判説話集が編まれた。曲亭馬琴の読本『青砥藤綱模稜案』も中国公案小説からの影響が指摘される作品の一つである。『拍案驚奇』はいずれも江戸時代の輸入書目録にその書名が見られることから、江戸時代には確実に日本に伝来していたことがわかる。馬琴はそのいずれかを読み、自作に取り入れたのだろう。馬琴は実際に『拍案驚奇』を所有し、他の作品を創作するにあたっても『拍案驚奇』を利用しているからである。馬琴のように『拍案驚奇』を所有し、原文を読むことができた人間は勿論のこと、訓訳という形を通して、また日本文学の中に取り込まれる形でも、この物語は多くの日本人を楽しませていたのである。(解説より抜粋)

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